モタスポ雑記

私がF1を好きになった頃のお話。

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今日は私の好きなことのお話。

Twitterでは勝手に「うああああ!」とかほざいてるから知ってる人もいるかもしれないけど、

 

私はF1が大好きですねん。

 

始まりはうる覚え。影響はオカンと土地?

ロックと同時期から好きなF1との出会いぐらいからお話させていただきますね。

 

やっぱりキッカケはセナでした。

私が「F1」というものを知ったのは、もううる覚えなのだけど、

小学校5年生ぐらい。

 

最初に覚えたドライバーは、やっぱり

アイルトン・セナ

 

「音速の貴公子」ってホント素敵な表現だと思う。

(古舘伊知郎が実況で言ってたやつ)

 

日本でもマクラーレン・ホンダということで人気があったし、

バブルでスポンサーやってる企業も多かったしブームではあった。

本田宗一郎という存在もセナと一緒に知った。

 

ただ見始めた時期は微妙。

プロストと一緒に居たマクラーレンじゃないと思う。ベルガーの印象が強い。

 

実は・・・私セナは好きじゃなくて(笑)

テレビも周りも「F1といえばセナ!」だったし、私はベルガーが好きだった。

 

理由?

 

ゲルハルト・ベルガー(名前)

 

カッコよくない?ゲルハルトって!つまり名前(笑)

この後も好きになるドライバーは名前から入ることが多くなる。

 

まだガキんちょだから、

「なんでセナばっかり?同じチームのベルガーだって速いやん!」

って思いが強かった。

 

ドライバーランキングとか、ファースト、セカンドとか知らないし。

 

セナを大嫌いってわけじゃなく、走りはやっぱ好きだった。

 

F1を教えてくれた親と、鈴鹿という場所。

私に「F1」を教えてくれたのは両親。

 

何がどうしてF1の話になったかはわからないけど、覚えた理由としては

「鈴鹿」という場所。

 

私は父親の転勤で2回鈴鹿に住んだことがある。

 

F1を説明してくれた時に、

「鈴鹿サーキットの、あの花火を見た道路のあるところでやるんだよ」

って教えてくれた。

 

私にとって「遊園地」だったサーキットの奥にある、変な場所という認識だったのだが(笑)

 

知ってる場所をTVで見るというのも面白くって、F1だけでなく鈴鹿も特別に感じたのかもしれない。

 

一番応援してるのは日本人ドライバーだった。

気づいたらレースも見るようになったんだけど、当時は

「興味あるドライバー」

にしかまだ目が行かなかった。

興味あるのはわかりやすく日本人。

 

ここでF1にハマるということを教えてくれたのが母親なんだけど、

鈴木亜久里さんの大ファンだった。

 

F1を知って、好きになった頃はまだマシンのことはもちろん、

サーキット名でどんなとこか把握したり、コーナーとかまったーく知らなかったけど

楽しく見てました。

 

オーバーテイク(追い抜き)の面白さに惹かれたんだと思う。

 

レースは夜に放送してたのもあるから、

当時は日本人がリタイアするまで見るのがF1だった。

 

あと、やっぱF1初期の思い出はこれだな!

 

私がSHOW-YAを好きになったキッカケ!

限界LOVERS

 

パワフルな声とF1のスピードにマッチする感がすっごく好きだった。

 

あれ?・・・・プロストやないか!あれ?

じゃあこの頃から知ってるのか・・・・

 

この頃はCMとかでもF1ドライバーが使われたり、

子供でも「知る」環境は今までよりよかった。

 

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